われわれは、朝霧の地でたい肥化プロジェクトをやって「朝霧JAMはエコロジーに貢献してますよ〜」と要はアピールしてるんですが、われわれが心配しているのは「紙食器をたい肥にした、リサイクルにまわした、はいおしまい」で表面的に自己満足で終わっていないか客観的に見たいのです。邦造さんからみて、朝霧の地に住んでいない者が、朝霧の地でたい肥化プロジェクトしたい、というのはどう思ってますか?

いや、良い事だと思うし、それに本来はわざわざたい肥にしなくてもいいんだよね。植物性のもので作ってあるから、ほっといても土に返る。例えばバナナの皮だってほうっておけば土に返る。ただ見た目が汚いから集めるけど。燃やすでなく土に返していこう、という発想だから、それはすごくいいことだと思います。

いくら土に還ってもただそのまま(たい肥化しないで)畑に捨てるのは・・・。

なんでいけないの?
それは美観の問題だと思います。

それだけの問題だよね。本来は捨ててもOKのものだよね。自己満足じゃないよ。大事なことだと思います。そういう食器なら仮に散らばって拾いきれないとしても絶対安全だよね。僕は美観の問題は人間の勝手だと思うけど。

われわれと実際朝霧に住む人の間で温度差があるのは避けたいと思っています。

うーん温度差はないはずだけどね。都会で住んでいようが田舎で住んでいようが、地球に住んでいる人は温度差あっちゃいけないよね。本当の循環、エコロジー、というのをみんなで人間として考えていかなきゃいけないと思います。朝霧、富士宮、東京とか関係ないです。人間生活してるんだから。

それがちょっと気掛かりだったので。

山に住んでいるからいいとか、町に住んでいるから悪いとかじゃなくて、両方ともいい人はいい。私の考えはそう。しかし間違っているかも知れん。それは、お互いが意思の疎通をしあって、本当の循環とは何かを一緒に考えていく。その場は朝霧JAMでいいじゃないかと思う。何が完璧かわからないけど。私は牛を飼っている。一番牛が牛らしく居られる飼い方をするにはどうしたらいいか?って考えるの一生かかるじゃない。そのプロセス、段階、姿勢が大事。ここにいる人たち十人十色で考えが違うけど、ただ、真理は一つだと思うんですよ。真理が何かはわからないから、それを求めていくのがわれわれの人生だから。お互いが話し合うのが大事。そういう意味の朝霧JAMであればいいかなと気がしますけどね。

朝霧JAMをきっかけにお客さんがきて、例えばごみ問題とか環境とか循環に興味のない人に、こういう問題もあるんだよと目を向けてもらいたいというきっかけをつくりたい。

目を向けてもらって話すといいね。お互いに議論するといいかな。

そのきっかけとしてたい肥化プロジェクトをさせてもらってます。

ありがたいね。ありがたいというのは、そういう人たちが増えてほしいからです。

reported by AYUSAN supported by イトウ,HASSAN&AI,よしゆき,あっち,うなぎ

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